東京高等裁判所 昭和24年(わ)428号 判決 1949年12月26日
上告人 被告人 山崎藤一郎
弁護人 芳井俊輔
検察官 小泉輝三郎関与
主文
本件上告はこれを棄却する。
理由
本件上告趣旨は末尾添付の弁護人芳井俊輔名義上告趣意書と題する書面記載の通りである。
当裁判所はこれに対し次のように判断する。
昭和二十二年十二月三十日農林省令第百三号食糧管理法施行規則第一条は市町村長が米麦の生産者の政府に売渡すべき米麦等の数量(以下供出割当数量と仮称する)を定むるには府県道知事の指示に従い市区町村食糧調整委員会(以下委員会と略称する)の議を経なければならない旨規定している。けれども委員会が決議を為すに先ち、所論の如き作柄実態調査の手続、即ち耕作田地の各筆につき検見を為すべきこと、検見には生産者を立会せしむること、生産者の意見を聴取すべきこと等の点に関しては何等規定していない。加之かかる事項について栃木県知事より判示大内村村長に対し指示があつた事跡も存しない。それ故に委員会の決議の資料となつた米麦等收穫高測定に関する検見、その他の調査方法の不当を云為して委員会の決議そのものの無効を主張し供出義務の履行を拒否することは法令上許されないところである。即ち昭和二十二年度産米供出割当については市町村長に於て委員会の議を経て供出割当数量を定め、これを生産者に通知し且公示したならばこれにより生産者は割当られた数量につき供出を義務ずけられ同規則第一条第三項所定の改定なき限り義務の範囲に消長を来たさないのであつて右割当数量に対する異議申立の途は当時は未だ法令上に規定されていなかつたのである。ただ然し生産者に対し供出割当を為すに当つてはその前提として收穫予想高を出来得る限り、正確ならしめて供出に無理の生じないようにすることが妥当の措置であり、その為には耕作田地の各筆毎に検見を行い、これに生産者を立会せしめてその意見を聴いた上、割当量を決めることが理想的であり且又生産者をして供出を納得せしむる所以でもある。然しながら全耕地に亘り各筆につき検見を行うことは時間上からも亦労力の関係からいつても実施至難であることは周知の事実であり、論旨援用の証人佐藤平七の証言に徴しても亦首肯し得るところである。而して右証言に依れば判示大内村に在つては従来部落毎に数年の標準田を選定して検見を行い、その結果を基準として附近耕地の作柄を見てその收穫量を測定するのを通例とし、本件に於ては被告人の耕作田の中二筆が選ばれてそれぞれ標準田の意味でこれにつき検見が行われ、しかも被告人はこれに立会したのであり、委員会はこれ等の調査資料を基本とし被告人の意見をも参酌検討して判示供出割当量を議定したことが認められる。然らば右査定方法はその実質上から見ても敢て不当であるとは謂い難い況んや右供出割当が前記の如く同施行規則第一条第一項第二項の規定に従つて適法に行われたるものなるに於ておやである。
原判決は右の趣意に於て判示供出割当の合法なることを是認しこれを前提として不供出罪を断じたものであつてその判示及び証拠説明に欠ぐるところなく又審理不盡ありと云うを得ない。
弁護人が援用する当裁判所の判例は供出割当につき単に食糧調整委員幹事会の議決があつたのみで食糧調整委員会の議決を経ながつた事案に関するものであり本件の如く適法なる委員会の議決を経た事件とはその事例を異にするものであるから右判例を以て本件を律するのは当らない。論旨は理由がない。
仍て旧刑事訴訟法第四百四十六条に則り主文の通り判決する。
(裁判長判事 佐伯顕二 判事 久礼田益喜 判事 三宅多大)
上告趣意書
(一)宇都宮地方裁判所の判決の理由は被告人は肩書地に於て農業を営むものであるが其の生産にかかる昭和二十二年十二月上旬大内村村長から其の供出の割当数量二十八俵二斗二升五合と通告され其の供出時期栃木県告示により昭和二十三年二月二十九日と公示されたのに拘らず右期間迄に実收共二十五俵(十石)なるに政府に対して供出割当数量中十六俵一斗八升六合を売渡したのみにて八俵二斗一升九合四勺を売渡をしなかつたと言うにあるが上告申立人は左の点に於て該判決は違法なるを以て破棄を免れざるものと確信する。
(二)第一点 第二審判決の理由に判示する如く被告を処分するには被告人の所為が食糧管理法施行規則第一条に定めたる手続を履践された上でなければならない。同条規定によれば市町村長(東京都に在りては区長を含む以下同じ)は地方長官の指示する所により市区町村食糧調整委員会(以下委員会と称す)の議を経て関係部落毎に食糧管理法第三条第一項の規定により政府に売渡すべき米麦食糧管理法施行令第七条の規定に依り売渡すべき米麦又は令第十条の三の規定により政府に売渡すべき藷類の数量を定め且つ当該数量に基き部落内の関係者をして当該部落内の米麦の生産者土地に付き権利を有し小作料として之を受けたる者(以下地主と称す)又は甘藷若しくは馬鈴薯の生産者の売渡すべき数量を協議せしめ委員会の審査を経て之を定めしむべし。前項の委員会は各市区町村毎に之を置き当該市区町村内の耕作者中より選出せる耕作者の代表者部落実行組合長又は部落組合長及び市町村農業会長を以つて構成するものとす。
市町村長は第一項の規定により定められたる米麦又は藷類の生産者に通知すると共に之を公示すべし云々とある。
故に被告人に対し供出義務を負わしむるには、
(1) 昭和二十二年度生産米穀の数量を二十八俵二斗二升と割当るに際して右米穀の供出義務者たる被告人をして自己の稻作状況の実態を一筆毎に検見立会の方法で調査しそれに基いて自己の供出すべき米穀の数量を他の関係者と協議して諒承されること並に其の結果右の手続を履んだ上合法的に決定せらるべき被告人の供出数量を被告人の属する村の村長から被告人に通知せられ且つ其れが公示せられることが必要である。而して栃木県に於ては知事が県食糧調整委員会に計つて地方事務所単位の各郡の産米供出割当数量を之を各地方事務所長に通知し同所長が地区食糧委員会に計つて町村内各部落の右供出量を割当て之を各部落会長に通知し各部落会長は各部落会の食糧調整委員会に計つて生産者と共に部落の稻田の作稻を一筆毎に検見したる上生産者各個人と協議し右供出割当量を決定し之を町村長に報告し町村長から之に基いて各生産者に其の供出割当数量を通知し、之を公示する方法が通常行われて居る産米供出割当の合法的方法であることは記録並びに法令により明白である。
(2) 更に記録によると被告は原判決日時居村の何れの部落にも属して居なかつたことは明白であるから本件に於ては右手続中部落会長のなすべき手続が正規に行われて居ないことは勿論であるけれども其れが為めに被告人の稻作実態調査をするに付て被告の意見を徴する手続を省略することは許されない。即ち被告居村の村長は右正規の手続に準ずる正当な方法で右実態調査に付て被告人の意見を聴き食糧調整委員会の議を経た上被告人に対する右供出割当を決定すべきものである。
<以下問答省略>
(四)之によつて見れば前述の如く栃木県に於ての割当方法の手続を履まざること明白である即ち各町村長が地方事務所より割当てられた供出数量を食糧調整委員会に計つて町村内各部落の右供出数量を割当て之を各部落会長に通知し各部落会長は各部落の食糧調整委員会に計つて生産者と共に稻田の稻作を一筆毎に検見したる上生産者各個人と協議し右供出割当量を決定し之を町村長に報告し町村長から之に基いて各生産者に其の供出割当を通知し之を公示するのが通常何れの村に於ても行われ居る通常の産米供出割当の合法的方法であることは記録並に法令により明白である。然るに被告人に対してこの手続を履まざることは佐藤平七の右供述により明白である即ち佐藤平七は耕作者が立会うことになつて居ると供述し実際は耕作者は立会つて居らぬと供述し且つ検見の通知を各耕作者に通知しなかつたと供述し更に通知をしなければ立会うことは出来ないではないかの問に対しそれですから検見があると云うことを聞いた人だけ立会うことになると供述し立会わない方が多いとか小部分しか立会はなかつたと供述せるより見るも食糧管理法施行法規則第一条の規定に反する違法の割当である即ち検見に付生産者に通知し立会わしむる方法並に協議せしむる機会を与えざる違法の割当と云わねばならぬ即ち本件に於て佐藤の証言によれば生産者検見に付通知せざりしこと従つて検見に立会へたるものは偶然に之を知りたる生産者のみが立会へ然らざる者は之に立会ふことを得ざる故検見の際に意見を述べることを得ざること明白である。
証人の供述の如く仮に検見に立会たりとするも正式の通知により立会へたるに非ずして偶々被告山崎が検見あることを知り立会へたとするも之れ適法の通知により立会へたるに非ずして偶然に立会へたること明白である従つて斯かる違法なる検見を以て食糧調整委員会を開き合議の結果割当を決定したること明白なることは一見記録により明白である斯かる違法なる割当決定によりなされたる被告の供出割出は違法なれば無罪の判決をなすべきに拘らず有罪の判決をなしたるは違法たること明かにして破棄を免れざるものと信ずる。
(五)尚被告の耕作反別は合計八反五畝であり証人佐藤平七の証言によれば検見したのは被告の耕作せる大田和の山の上部落の一反一畝と字五反田の一反五畝だけでその余の下鷺の谷部落の五反六畝歩について検見しなかつたことは明白である即ち証人は先の二筆丈しか見ませんでしたと供述する点よりするも一筆毎に検見した上で生産者各個人と協議せざること明白である。この点よりするも原判決は供出割当手続が正当に行われざるにより犯罪の証明不充分として無罪の判決を言渡すべきに拘らず有罪と断じたる原判決は違法にして破棄を免れざるものと信ずる。
尚一般の生産者に検見の通知をせざる故生産者の大多数は検見を知らず立会わなかつたから供出割当並に実態調査に付意見を述ぶる機会を与えざるものなれば斯かる検見並に供出割当は合法的なる割当手続を履践しない違法なる割当であるから供出義務を負はせるは不当である故に原判決は破棄を免れない。
<問答省略>
(七)被告の如き何れの部落にも属せざる者に対する稻作の実態調査は之を省略することは許されない。供出義務者をして自己の供出量を検見立会等の方法で他の関係者と協議諒承さる上でなければならない之の村の食糧調整委員が各部落会長が検見の通知をなし一筆毎に検見し立会しめ協議諒承させねばならぬに拘らず斯かる手続をしなかつたことは佐藤平七の証言により明である。
即ち佐藤の供述によれば耕作者は立会つてやることになつて居るが立会わなかつたこと又検見の通知をなさなかつたこと従つて立会わない人が多かつたこと並に時間の問題で全部を一々見て歩くことが到底出来ないので一部分を検見したるに過ぎないこと殊に山崎の分は山崎の耕作反別八反五畝の中下大田和の山の上の一反一畝と五反田の一反五畝で其の余の鷺の谷部落の五反六畝は検見せざること明白であるから検見は一筆毎になす原則に反し合法的なる手続を履践せずしてなしたる割当で被告人に供出義務を負はせるのは不当である。
斯かる役場の手落の責任を被告人に帰せしむることは出来ない故に原判決挙示の前示佐藤平七の供述たる検見の際耕作者が立会うことになるのが原則で被告人が検見に付き立会つて意見を述べたとの供述をとり割当は適法なりと判決理由を附し有罪と断定するのは被告人に対する供出割当方法に付て検見の通知、一筆毎の検見せざる手続違法を判断せずして単に供出割当方法を正当化する為めになしたるに過ぎずして事実上並に法律上妥当と思わるる程度の判示を要するに拘らず原判決に於ける其の点の理由は未だ十分に説示せられて居ないと謂わざるを得ない。
(八)之を綜合するに原判決は啻に事実の審理に於て備はざる瑕疵に止まらず更に犯罪の成否を決すべき点を審究確定せずして有罪と断じたる致命的欠陷ありと云うに外なく其の破棄を免るるに由なきこと事実多言を要しない(昭和二十四年(わ)第二三〇号食糧管理法違反被告事件参照)。